心のこえ

秋めいて来ましたね。
風も軽くなって金木犀の香りを運んでくれる
大好きな季節でございます。
垣根の小さな葉っぱが
わさわさーっと揺れてるのを見て
まるでみんな楽しそうに笑ってるように感じた、そんなポエムな1日です。
そして相変わらずロマンチストです。


最近の私は俗に言う過渡期なのではないか?といった具合で、
見るもの聞くもの全てから

『で?どうよ?』
『で?どうする?』

と問われているかの如く。。

たまには子供の話でもしてみようかと。


長男6歳は発熱(1日で完治)からダラダラと登園しないこと1週間、
また熱が出るとか咳が出るとかもっともらしいことを言って、まぁ私もたいがい集団生活が苦手なもので、行きたくないなら行かなくていいというスタンスでした。

でも何となく、勘?が働いて本人に聞いてみると、いじめられてるから行きたくないんだ、との返事がありました。

本人は幼稚園が好きだし行きたい(私とは違う前提)けれど、幼稚園にも相手の子にも自分では言えないから私に言ってきて欲しいとのこと。

これには少し悩みました。

行きたくないなら行かなきゃいいのに。。
幼稚園は楽しいし行きたい、でも怖いから行けないってどうすりゃいいのさ?

『言いたいことがあったら自分で言わないと伝わらないんだよ』
と常々言っているけれど
こんな時こそ自分で言った方がいいんじゃないか?とか。

これに味をしめて嫌なことがあるとすぐ大人に頼るヤツになっちゃうんじゃないか?とか。


詳細は省きますが、私が幼稚園に状況を話すことで本人も張りつめていたものが緩んだようでした。


そしてここでも『どうよ?』と問われる場面がありました。

園の廊下で立ち話をしたお母さんは
『うちの子もしょっちゅう行きたくないって言うよー。
少し被害妄想的なんだよねー。やられたことを大げさに捉えると言うか。』
と。

それを聞いてなるほどー、と思う反面、ほんのちょっとだけ違和感があったんです。

その後に会った先生はこう言いました。
『悪意があるとかないとかそれは問題ではありません。
その子が嫌だと感じることが全てなのです。』


あぁ、と思いました。
そうだった。
何を感じるか、それは本当にそれぞれの自由なのだ。

息子が嫌と感じるならそれが全てなのだ。

もちろん不安にフォーカスしていた私にとって、件のお母さんの話もとても参考になりました。

本人の感じ方と状況の深刻さが常にイコールではないこともある。
だから俯瞰した目線も必要ですよね。

目の前の出来事から私は何を感じるか?そこから学ぶことはたくさんあるし、
違う見解からもそれは同様です。

だからこそ自分が感じたことを丁寧に見ていきたい。
そうしないとただ、人の意見の上辺の、
方法だけ真似してしまうことになる。

何が正解かなんてないし、ましてや他の人にどれが正解かわかるはずもない。
それは後から後から振り返ってぼんやり見えるものじゃないかな。

もっともっと自分の心のこえを信じていきましょうよねー!


(ウルトラマン某に挟まれるのび太withドラえもん


『僕は言えないから母さんが言ってね』
ちゃんと自分の意見を言ってますよね。
ただ、私の望むような意見ではないってだけで 笑。

もっとジャイアン的な感じて生きて欲しいと希望はあるけど、本人はおおかたの予想通り、のび太派なので致し方なし。。




でも昨日の虹に感動して、今日の工作で虹色のコマを作ってきた、そういう感性が本当に大好きなのです。

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